屋根屋家業の屋根裏部屋、おかげさまで16年続けてます。

屋根屋の屋根屋 長尺(仮)が綴る日記です。

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120629 家康の庇護を受け、勝願寺では将軍家の家紋である三つ葉葵を使用することを許されており、現在でも軒丸瓦や仁王門に散見することができます

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埼玉県鴻巣市は、野菜・お米・雛人形で有名。
勝願寺の寺号は、鎌倉時代に良忠(りょうちゅう)という僧が登戸に堂宇を建立したことに始まります。
鴻巣市本町に勝願寺が建立されたのは、時代が下り天正年間(1573~92)の頃で、清厳上人がこの地に再興されました。

2世住職となった円誉不残上人は学僧の誉れ高く、慶長11年(1606)に後陽成(ごようぜい)天皇から、僧としては最高位の紫衣(しえ)を与えられました。
この頃には名声も高まり、壇林(だんりん:現在の大学のようなもの)として隆盛し、寛文年間(1661~1673)には関東十八壇林の一つとして固定されました。

勝願寺と徳川家康
徳川家康(とくがわいえやす)は、文禄2年(1593)、慶長2年(1597)、同6年(1601)、同9年(1604)と、何度も鴻巣へ訪れ、鷹狩を行行っています。
その文禄2年、初めて来訪した家康は、勝願寺へ訪問し、不残上人の学識に深く感銘したことから帰依(きえ)されました。そして様々な宝物を寄進されたと伝えられています。残念ながら、これらの宝物は度重なる災厄によって、殆ど残されていません。

また家康は、腹心である牧野家、伊奈家などに檀那契約を結ばせることで、勝願寺の地位を安泰にします。
勝願寺には、両家の墓が残されることになります。





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量産型ガラスではなく、当時の技術にて作られたガラス。
フラットでない、波打つような表面が印象的である。


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  1. 2012/06/29(金) 06:25:48|
  2. 人生重ねていくうちに・・・体験したこと
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